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錦町商工会
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コースガイド

 錦町の北西に位置し、由留木、十日市、山下、白坂、新立の五つの集落を通る。由留木集落の静寂な山間には、神聖な香りがする木上加茂神社と聳え立つ崖面に遺構する人吉海軍航空隊基地跡の地下施設が見られる。1haから2haの水田に囲まれた由留木、十日市集落には、五穀豊穣、無病息災、子孫繁栄を願う金剛塔、地蔵尊、弁天財天堂と松尾神社がある。山下集落には、18代相良義陽と生母ねねいが祀らている相良義陽公神社と上田天満宮が鎮座されている。人吉海軍航空隊基地跡は、戦争の爪痕が平和の大切さを教えてくれる。


道順

 木上加茂神社に安全祈願スタート、隣接の人吉海軍航空隊基地跡に地下施設が遺構しいる。戦争の爪痕が平和の大切さを教えてくれる。人吉海軍航空隊基地跡から由留木集落に入ると道沿いには、集落住民を守る金剛塔由留木の地蔵尊が鎮座されている。里道を前方に歩くと右側の山の中腹に浄土宗派の智源寺がある。里道を左方に曲がると右前方に田園と球磨川の堤防が見える。球磨川の風を受けながら左方に歩くと十日市集落に入る。里道の右側には十日市の弁天財天堂がある。十日市の弁天財天堂には、左手に宝珠を持った石造虚空蔵菩薩立像が鎮座されている。集落内の里道を右に曲がり左方に入り左に曲がると右側には、1haから2haに大区画された水田か広がっている。里道を左に入ると松尾神社がある。松尾神社では、毎年12月16日には、明治初年にあった大火が2度と繰り返さないように焼け供養が行われる。田園地帯を左方に歩き、右に入ると再び由留木集落に入る。由留木集落を右方向に歩くと左側には小高い森の中に木上加茂神社か見える。右側には田園風景が広がり、山下集落に入ると前方の左奥に上田天満宮がある。上田天満宮の近くには上田家の敷地の一角に18代相良義陽と生母ねねいが祀らている相良義陽公神社がある。里道を前方に歩くと県道人吉水上線に出る。山下集落には、木上地区の大地主であった平山家正門跡がある。県道人吉水上線から左方に歩き集落内を通り再び県道人吉水上線に入ると坂の途中の右側に町営白坂団地が見える。県道の坂を上ると右側には、人吉海軍航空隊之碑が建立されている。右側に真っ直ぐに伸びた道は、人吉海軍航空隊基地跡に入る軍用道路跡である。県道を西方に歩き左側に曲がると新立集落に入る。新立集落内には、人吉海軍航空隊基地跡の格納庫跡や滑走路跡が遺構している。新立集落から山道を抜ける由留木集落に入る。右側に歩くとスタートの木上加茂神社に到着する。

おすすめポイント・寄り道ポイント

 木上加茂神社
本殿は、三間社流造、板葺で覆屋がある。拝殿は、切妻造、瓦葺、火入、間口5間、奥行3間。祭神は、京都賀茂神社と同体、古くから雷除けにたいへん御利益のある神様として各地から参詣者が多かったと云われている。天文16年(1547)木上の地頭窪田越後によって社殿が再興されている。
 人吉海軍航空隊基地跡
太平洋戦争末期の昭和18年11月海軍の中継基地として建設が開始され、昭和19年2月から予科練習生の教育施設として利用されていた。現在も作戦室、無線室、魚雷調整場など50基以上の地下施設が現存している。
由留木の金剛塔
由留木公民館前に建立されている。高さ163cm、享保2年(1717)銘「金剛塔 享保二丁酉天八月二十五日 当村講中」と刻まれている。
 由留木の地蔵尊
参道石段の近くに露座している。仏像は像高78cm、台石高39cm、蓮台高20cmの石造地蔵菩薩立像で台石に文政十一(1828)と刻まれている。地蔵尊前には総高179cm、竿高78cmの石造灯篭があり、竿には天保四(1833)と刻まれている。
智源寺
浄土宗。阿弥陀如来。
元禄9年(1696)に人吉の大信寺三世の宛応和尚が、藩主相良家の先祖菩提のために木上村日記堂に念仏寺を建立したが、ある時火災が起こり、本尊の阿弥陀如来が本堂から逃げ出して、現在お寺が建っている方向を見て踊り回ったと云われいる。そこで現在の場所に再建されたと伝えられており、寺名を踊仏山智源寺と名付けられた。
 十日市の弁天財天堂
お堂は切妻造、瓦葺、妻入、間口275cm、奥行396cm、向拝1間、西向き。仏像は総高70cm、像高37cm、円光背の木造弁財天坐像で明治32年に彩色されている。また、総高65cm、像高39cmの右手に剣、左手に宝珠を持った石造虚空蔵菩薩立像が祀られている。
 松尾神社
祭神は、京都の松尾大社と同体と伝えている。上十日市公民館に12体の神像等が祀られている。前庭にある石鳥居の柱に文政六(1823)と刻まれている。
 上田天満宮
本殿は切妻造、トタン葺、間口3間、奥行2間、拝殿は切妻造、瓦葺、妻入、間口2間、奥行5間。鎌倉時代の延慶2年(1309)の創建で、祭神は太宰府天満宮と同体と云われている。
相良義陽公神社
社殿は切妻造、瓦葺、妻入。木上山下の上田家の敷地の一角に建立され、18代相良義陽と生母ねねいが祀られている。
 人吉海軍航空隊之碑
昭和20年(1945)3月18日、人吉海軍航空隊は米艦載機延べ23機の空襲を受け、戦死者9名、格納庫全焼2棟、兵舎大波1棟、燃料ドラム缶爆発炎上の損害を被った。続いて5月14日同じく小型機の波状攻撃を受け、建造物と滑走路に爆弾穴を生じ木上村民家2戸が被災し、4名の爆死者が出てその霊を慰めるため建立された。

車でのアクセス

木上加茂神社(スタート・ゴール)は、九州自動車道・人吉ICから約20分。


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