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おすすめポイント・寄り道ポイント |
A 木上加茂神社
本殿は、三間社流造、板葺で覆屋がある。拝殿は、切妻造、瓦葺、火入、間口5間、奥行3間。祭神は、京都賀茂神社と同体、古くから雷除けにたいへん御利益のある神様として各地から参詣者が多かったと云われている。天文16年(1547)木上の地頭窪田越後によって社殿が再興されている。
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B 人吉海軍航空隊基地跡
太平洋戦争末期の昭和18年11月海軍の中継基地として建設が開始され、昭和19年2月から予科練習生の教育施設として利用されていた。現在も作戦室、無線室、魚雷調整場など50基以上の地下施設が現存している。
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★由留木の金剛塔
由留木公民館前に建立されている。高さ163cm、享保2年(1717)銘「金剛塔 享保二丁酉天八月二十五日 当村講中」と刻まれている。
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C 由留木の地蔵尊
参道石段の近くに露座している。仏像は像高78cm、台石高39cm、蓮台高20cmの石造地蔵菩薩立像で台石に文政十一(1828)と刻まれている。地蔵尊前には総高179cm、竿高78cmの石造灯篭があり、竿には天保四(1833)と刻まれている。
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★智源寺
浄土宗。阿弥陀如来。 元禄9年(1696)に人吉の大信寺三世の宛応和尚が、藩主相良家の先祖菩提のために木上村日記堂に念仏寺を建立したが、ある時火災が起こり、本尊の阿弥陀如来が本堂から逃げ出して、現在お寺が建っている方向を見て踊り回ったと云われいる。そこで現在の場所に再建されたと伝えられており、寺名を踊仏山智源寺と名付けられた。
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D 十日市の弁天財天堂
お堂は切妻造、瓦葺、妻入、間口275cm、奥行396cm、向拝1間、西向き。仏像は総高70cm、像高37cm、円光背の木造弁財天坐像で明治32年に彩色されている。また、総高65cm、像高39cmの右手に剣、左手に宝珠を持った石造虚空蔵菩薩立像が祀られている。
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E 松尾神社
祭神は、京都の松尾大社と同体と伝えている。上十日市公民館に12体の神像等が祀られている。前庭にある石鳥居の柱に文政六(1823)と刻まれている。
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F 上田天満宮
本殿は切妻造、トタン葺、間口3間、奥行2間、拝殿は切妻造、瓦葺、妻入、間口2間、奥行5間。鎌倉時代の延慶2年(1309)の創建で、祭神は太宰府天満宮と同体と云われている。
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★相良義陽公神社
社殿は切妻造、瓦葺、妻入。木上山下の上田家の敷地の一角に建立され、18代相良義陽と生母ねねいが祀られている。
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G 人吉海軍航空隊之碑
昭和20年(1945)3月18日、人吉海軍航空隊は米艦載機延べ23機の空襲を受け、戦死者9名、格納庫全焼2棟、兵舎大波1棟、燃料ドラム缶爆発炎上の損害を被った。続いて5月14日同じく小型機の波状攻撃を受け、建造物と滑走路に爆弾穴を生じ木上村民家2戸が被災し、4名の爆死者が出てその霊を慰めるため建立された。
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